集団心理と権威主義

久しぶりのブログ更新となってしまいました。
それも、愛読してくれている方から「楽しみにしている」との声をいただいて、ようやくの更新です。
このような声をいただけるのは、とても励みになりますね。

先日、テレビで文部科学省前事務次官が、政治家たちが自分たちの悪事をひた隠しにする中で、堂々と自分が関わった事実について発言されているニュースが流れていました。
彼も官僚時代は「集団の中の一人」として行動されてきたわけですが、辞めた今、その呪縛がとれて「自由になった」と語っています。
私たちは自分の考え、判断に基づいて生きていると思いがちですが、実は周囲の影響を強く受けています。
特に会社、地域、友達、組合など何かしらの属性をもつ「集団の中の一人」になった時、知らず知らずのうちに「集団心理」が働いてしまうのです。

集団心理にもいろいろありますが、史上最悪な集団心理が働いたのがアドルフ・ヒトラー率いる「ナチス党(ナチ党)」です。

ヒトラーは、当時ドイツ国首相であり、ユダヤ人などに対する組織的な大虐殺を行った人物として有名です。
その史実は、ヒトラーが残虐な独裁者であったことを伝えていますが、よく考えると、実際に残虐な行為をしたのはヒトラーではなく、ナチス党に属していた人たちです。
ヒトラーは残虐であっても命令していたに過ぎず、なぜ支持者たちはそのような命令に背くことなく、むしろヒトラーを「ドイツ民族を導く指導者」として従ってしまったのか。
そこに「集団心理」が働いているのです。

それを実験したのがスタンリー・ミルグラムですが、実はこの実験は、現在倫理的に行うことができない、世界最悪の心理学実験のひとつとされています。
その実験を簡単に説明すると、

ある役者が別室にあるニセの電気椅子に座る。
一方、こちらの室内ではもう一人の役者がその椅子に座った役者に実験を行う博士を演じ、同じ室内にいる被験者にその電気椅子の制御が任される。
その”博士”は被験者に、別室にいる役者がある一連の単語を思い出さなければ罰として電気ショック与えるよう指示する。
その実験が進むにつれ、電気ショックの強さとその犠牲者の苦痛の訴えは激しさを増していく。
120ボルトになると、大声で苦痛を訴える
150ボルトになると、絶叫する。
300ボルトになると、壁を叩いて実験中止を求める。
330ボルトになると、無反応になる。
被験者が実験の続行を拒否しようとする意思を示した場合、白衣を着た権威のある博士らしき男が感情を全く乱さない超然とした態度で「続行してください」「迷うことはありません、あなたは続けるべきです」などと通告した。
被験者が実験の中止を希望した場合、その時点で実験は中止され、そうでなければ、設定されていた最大ボルト数の450ボルトが三度続けて流されるまで実験は続けられた。

実験結果は、被験者40人中25人(統計上62.5%)が用意されていた最大V数である450ボルトまでスイッチを入れた、というものでした。
全ての被験者は途中で実験に疑問を抱き、中には135ボルトで実験の意図自体を疑いだした者もいたし、何人かの被験者は実験の中止を希望して、支払われている金額を全額返金してもいいという意思を表明した者もいましたが、「権威のある博士らしき男」の強い進言によって一切責任を負わないということを確認した上で実験を継続しており、300ボルトに達する前に実験を中止した者は一人もいませんでした。

ミルグラム実験は、「服従実験」とも「権威主義の実験」とも言われ、『権威・命令に対する服従の心理や行動』を検証するために行われたものです。
実験の結果は、『権威主義・上下関係・役割規範(決められた役割への適応)』に弱くて、権威的な命令や役割分担の遂行に服従しやすいある種の『人間の本性(社会的動物としての行動傾向)』を炙りだし、自分個人の善悪の分別や倫理規範に逆らってでも、権威主義的な指示・命令に半ば無意識的に従ってしまいやすいという人間の本性を浮き彫りにして、『自分の自己判断(善悪観)』では通常できないような残酷で恐ろしい行為でも『権威者からの命令(お墨付き)・集団内での役割』があればやってしまいやすいという危険性を示唆していることになります。

この実験をナチス党に置き換えると、支持者たちはナチス党という集団の中で、ヒトラーからの権威的な指示、つまり「権威者が責任を負う」という背景を踏まえて、自分たちの役割として恐れずに残虐な行為ができましたし、加えて、周りの人たちもやっているという安心感が集団の心理として働いたことになります。

これは何も過去の話ではありません。
現代のいじめも同様な集団心理が働いていると考えられます。
「人殺しも戦争になれば正義」「赤信号みんなで渡れば怖くない」という言葉は、これらの心理をうまく表現していますが、そのような感覚になっていないか、つまり「権威主義になっていないか」「周囲の動きに騙されていないか」と、自分を振り返って客観的に考えてみる習慣をつけることが大切です。

話を前事務次官に戻すと、辞めた途端に「解放された」と話す前事務次官に、初めは少し疑問を感じながら観ていました。
なぜなら、普通は長年所属した集団の呪縛は取れにくいものなのです。
すると、彼はこのように言いました。
「私の座右の銘は『面従腹背』なんです」と。
つまり、これまでは役人として政治家に面と向かっては服従していながら(本来主従関係ではないのですが、日本の悪い体質です)、心の中ではそういった悪事に対して背反してこられたわけです。
言い換えるならば、服従して悪事に手を染めても、心までは染められない、染まらないように自分を守りとおしてきたという強い意志を感じました。
きっと、長い間、強い気持ちを持ち続けてきたからこそ、呪縛からの解放感を味わうことができたのでしょう。